熊本地方裁判所 昭和41年(ワ)375号 判決 1968年9月16日
原告
株式会社北熊本高等自動車学校
被告
畠山信男
主文
被告は原告に対し、金五五万五、三七〇円及びこれに対する昭和四一年七月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は全部被告の負担とする。
この判決は、金一〇万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
「被告は原告に対し、金五八万四、一七〇円及びこれに対する昭和四一年七月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。
二、被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二、請求原因
一、被告は、昭和四一年一月二〇日午前一〇時三〇分頃、熊本県鹿本郡植木町大字豊岡二、八三三番地附近路上において、普通貨物自動車(以下、被告車という)を運転し、前方を進行する原告所有の普通乗用車(以下、原告車という)を追越したが、その際、被告車の左後部と原告車の右前バンバーとが接触し、そのため原告車は道路左崖下に転落した。
二、右事故は、被告車が、時速約五〇粁の速度で追越し、かつ、原告車との間隔を充分にとる前に進路を左にかえたために惹起されたものであつて、これは、被告が、右のとおり他人に危害を及ぼすような速度と方法とによつて運転した過失により発生したものである。
三、原告は、右事故により、次のとおりの損害を受けた。
(一) 原告車引揚費用 金二万円
崖下に転落した原告車を引揚げるために金二万円の費用を要した。
(二) 原告車修理費 金一七万七、一七〇円
原告車を修理したため金一七万七、一七〇円を要した。
(三) 休車により喪失した得べかりし利益 金三八万七、〇〇〇円
原告は、自動車運転の実技ならびにそれに関連する諸学科の教授を目的とする会社であるが、原告車の使用により一〇分間に金一五〇円の収益をあげていたものであるところ、昭和四一年一月二〇日から同年三月九日までの間、修理のため原告車を使用できなかつたので、その間の得べかりし利益金三八万七、〇〇〇円を喪失した。
四、よつて、原告は被告に対し、右損害金五八万四、一七〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四一年七月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、答弁及び抗弁
一、請求原因第一項の事実は認めるが、第二項の事実は否認する。右事故は、原告車が、被告車に追越されて、同車との間隔を充分とらなかつたために同車に追突したものであり、また、右追突後崖下に転落するまでの間に、ハンドルを右に切るか或は制動措置をとれば、容易に転落を免かれ得た筈であるのに、原告車を運転していた原告会社の教官及び教習生が、これらの措置をとらなかつた過失により発生したものであるから、被告には過失はない。請求原因第三項の事実中、原告会社が自動車学校であることは認めるが、その余の事実は不知。
二、仮に、被告に運転上の過失があつたとしても、原告会社の教官及び教習生にも前記のとおりの過失があつたのであるから、損害額の算定につき斟酌されるべきである。
第四、証拠関係 〔略〕
理由
第一、本件事故の態様
請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。〔証拠略〕によると、被告車が、原告車を追越そうとして、原告車の右斜前まで進んだ後、その位置から左側へ車を寄せた際、被告車の後部左側を、原告車の右前バンバーに接触させたものであるとの事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。被告は、原告車が被告車に追突したものであると主張するが、右主張事実を窺うに足りる証拠は全くない。
第二、被告の責任原因
次に、被告の過失について判断する。〔証拠略〕によると、被告車は、原告車を完全に追抜かないうちに、追越を完了しようとして、原告車の右斜前から左方へ進路を変えて、車体を左側へ寄せたために、前記のとおり原告車と接触したものであるとの事実を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。
ところで、自動車が先行車を追越す際には、これを完全に追抜いて充分な間隔を保ちながら、その前方に進入して追越を完了すべき注意義務があるところ、前記認定の事実によると、本件事故は、被告が右注意義務を怠り、原告車を完全に追抜かないうちに、その前方に進入しようとした過失により発生したものであるというべきである。
第三、損害額
一、原告車引揚費用
〔証拠略〕によると、原告は合資会社富士クレーンに原告車を引揚げさせたため、その代金二万円を支出したことが認められ、右事実によると、原告は同額の損害を受けたことが明らかである。
二、原告車修理費
〔証拠略〕によると、原告は日産板金塗装有限会社に破損した原告車の修理をさせたため、その修理代金一七万七、一七〇円を支出したことが認められ、右事実によると、原告は同額の損害を受けたことが明らかである。
三、休車により喪失した得べかりし利益
原告が自動車学校を営む会社であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、原告は、昭和四一年一月二〇日から同年三月九日までの間、修理のため原告車を使用できなかつたこと、原告車は普通の教習用に使用していたので、右修理期間中は、チケツトによる練習車をもつてこれに替えていたこと、チケツトによる練習車の使用料は一〇分間につき金一五〇円の割合で徴収していたこと、他のチケツトによる練習車の稼働時間は、右修理期間中、二月一日、同月一四日及び三月一日の三日間は検定日のため零、右検定日前五日間は一日当り一〇時間、その他の日は一日当り八時間であつたとの事実を認めることができ、これによると、右練習車は右修理期間中、チケツトによる使用料金三五万八、二〇〇円を得ていたであろうことが容易に推認される。〔算式………150円×60/10(8×31+10×15)=358,200円〕右の事実によると、原告は、原告車を修理のため使用できなかつたことにより、金三五万八、二〇〇円の得べかりし利益を喪失したことが明らかである。
第四、過失相殺の主張について
〔証拠略〕によると、原告車が被告車に接触された後、原告車の運転車訴外西村ヤヨイは直ちにブレーキ・ペタルを踏み、助手席に同乗していた指導員訴外後藤幸吉も直ちにブレーキ・ペタルを踏むと同時にハンドルを右に切ろうとしたが、被告車に引つかけられて左方へ押されていたため、操向装置が作動しなかつたものであるとの事実を認めることができ、被告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲証拠に照らして措信しない。
もつとも、〔証拠略〕によると、原告車は時速約四〇粁で進行していたこと、右接触後、約一八米走行した地点から転落地点まで、原告車のタイヤによるスリツプ痕が残されていたとの事実を認めることができ、右の事実によると、接触後、制動装置が作動してスリツプ痕ができるまでの間は、約一六・二秒を要したことが計算上明らかであるが、右接触と同時に危険を反射的に知覚するために要する時間、ブレーキ・ペタルを踏んで制動装置が作動するまでの時間(いわゆる空走距離に対応する時間)及び突発的な事故発生による不可避的な一時的判断の混乱等を考慮すると、仮に、右接触後約一六・二秒経過して制動装置が作動したとしても、右訴外後藤、同西村の制動措置の取り方が遅きに失したということはできない。
以上の事実に鑑みると、右接触後、原告車の運転者訴外西村及び指導員訴外後藤は、事故発生を防止すべき充分な措置を取つたものであることが明らかであるから、本件事故発生につき原告側にも過失があつた旨の被告の主張は理由がない。
第五、結論
よつて、被告は原告に対し、右積極的損害金一九万七、一七〇円、右消極的損害金三五万八、二〇〇円及びこれらに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四一年七月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることが明らかであるから、原告の本訴請求は右の限度においては正当としてこれを認容し、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石田実秀)